判例紹介


契約その他
1.マンション建築業者が分譲業者から販売を受けた顧客に対して建物留置権を行使できないとされた事例

マンションを建築した業者がその建築代金の支払いを担保するため施主からマンション各室の各3本の鍵の交付を受けて各室を留置していたところ、そのうちの各1本を留置権を主張する当の相手方である施主に交付したため、施主から分譲販売の委託を受けた業者がこれらを一般の顧客に販売してしまった。この場合、建築業者の占有を排除して占有を取得した顧客に対する建築業者の占有回収の請求は、東京高裁により信義則上認められないとされた。


2.未払賃料債権の敷金充当が抵当権に基づく賃料債権差押〈物上代位)に優先するとした事例

抵当不動産について賃貸借契約及び敷金契約が締結されていたところ、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差押え取立権に基づきその支払い等を求めた。これに対し最高裁は差押え後に賃貸借契約が終了し目的物が明け渡された場合における敷金の賃料への充当が物上代位権の行使に優先するとした。


3.信用組合との間で包括連帯根保証契約を終結した保証人責任の範囲が信義則上制限された判例
(東京高裁 平成14.1.23)


信用組合が不良債権処理のため主導的にした回収計画が破綻し、その計画のために設立した会社に対する貸付金を回収するため同貸付金債権を譲り受けた会社が連帯保証人に対し保証責任を追及した事案において、東京高裁は、信用組合との包括連帯根保証契約を終結した保証人の責任が著しく過酷に過ぎないよう様々な事情を斟酌し保証人に主債務の全額または相当限度を超える額につき責任を負わせるのが不相当であると認められる特段の事情が存する場合には、信義則に照らし保証人の責任を合理的な範囲内に制限することができるとした。
本事例の保証人は信用組合に多額の借金をしており一般の顧客より高金額の利息を取得することが連帯保証の動機となってはいたが、具体的にその報償を得ていたと認めることはできず、信用組合の幹部の見通しの甘さや一部幹部の不正行為により不良債権回収計画が破綻していること等から、保証人の責任を残債務元金の4割に制限した。


4.一般債権者の転付命令が抵当権者の物上代位による差押に優先するとされた事例
(最高裁平成14.3.12)


一般債権者が債務者が用地買収契約に基づき県に対して取得した土地代金等につき差押命令及び転付命令を得たところ、建物抵当権者が同転付命令が県に送達された後その確定前に物上代位に基づいて同代金を差し押さえた。そこで、県が一般債権者を優先する配当表に変更するよう配当意義訴訟を提起した。
最高裁は一般債権者の請求を認容した。その理由は、転付命令という換価手続を選択して目的債権の移転を受けて独占的満足を得ることのできたはずの債権者がその後の物上代位による差押に劣後するというのでは、実質的満足を得られないのに執行債権が消滅し債務名義は目的達成により執行力を失うことになるからというものである。
但し、平成10年判決(10.1.30,10.2.10)にみられるとおり、債権譲渡対抗要件具備の後における抵当権者の物上代位権の行使に関しては、任意の手続である債権譲渡よりも強制執行手段である物上代位を優先させることに注意されたい。


5.住宅建築請負業者の斡旋した「つなぎ融資」流用の事実を知っていたノンバンクの一般顧客に対する融資契約を無効とした事例


住宅建築請負業者は顧客の住宅建築の際に住宅ローン融資に先立ち「つなぎ融資」を受けさせていたが、その融資金を営業資金などに流用していた。そのことが表面化し信用不安が広がり請負業者は破産した。そこで、顧客に融資を行っていた金銭貸付業者である原告はつなぎ融資を行った顧客を被告として融資金の返済を請求した。これに対して東京地裁は被告の動機に錯誤を理由に請求を棄却した。
裁判所は、被告原告の認識として1回目の「つなぎ融資」は2回目の住宅ローン融資の実行で完済されるものであり、被告は原告からの借入に当たり間違いなく全額返済されるものと明らかに誤信しており、仮に完済が行われずつなぎ融資と住宅ローン融資2重債務負担のおそれがあることを知っていれば、融資を受けなかったことは容易に認められるとしている。そして、この被告の認識の誤りは「つなぎ融資」を受ける際の動機の錯誤にあたり、契約締結時にこの動機が表示されたこと、意思表示の重要な要素に関する錯誤であることは明白であるとした


6.抵当権に基づく物上代位権の行使としてされた債権差押命令に対しては、第三債務者は被差押債権の不存在を理由として執行抗告をすることができないとした事例

債権者が抵当権に基づく物上代位権の行使として債務者(抵当不動産の所有者)の第三債務者(テナント)に対する抵当不動産の賃料債権につき債権差押命令を取得したところ、第三債務者が被差押債権(賃料債権)の不存在又は消滅を主張して命令の取消しを求めた。これに対し、高等裁判所が執行抗告を棄却したため、この決定に対して第三債務者が最高裁に不服を申し立てた事案。
最高裁は、抵当権に基づく物上代位権の行使としてされた債権差押命令に対す執行抗告において、被差押債権の不存在又は消滅を理由とすることはできないと決定した。その理由として、執行裁判所は主に手続面を判断するため被差押債権の不存在または消滅という実体法上の事由まで判断しないこと、第三債務者は抵当権者の提起する取立訴訟において被差押債権の不存在等について主張できるため法律上不利益はないことを挙げている。


7.無能力者の妻の消費賃貸契約代行の不法行為性

意思無能力者の妻である被告が、昭和61年10月無能力者に対する複数の貸付を一本化するため無能力者と原告銀行との間で準消費賃貸契約を締結する際に契約書の署名を代行した。また、昭和62年6月頃銀行融資を受ける際に契約書の署名を代行し、無能力者に意思能力があることを認める旨の書面を作成し銀行に交付した。昭和63年10月無能力者は死亡したが、原告銀行は無能力者に対する貸付債権については法的措置を取らず、平成7年被告に対して、平成7年被告に対して賃金返還要求を提起した。裁判所は意思無能力者の契約は無効ゆえ原告銀行の請求を全て棄却した。そこで原告銀行が控訴のうえ予備的請求として不法行為に基づく損害賠償請求を追加した事例。
裁判所は次のように判決した。@妻が意思無能力者を代行して銀行との間で準備費賃貸契約を締結しただけの場合に不法行為責任を否定した。その理由として契約締結の際に夫婦間の署名の代行は世上よくみられることを考慮し、何も告げないという消極的能様では違法行為になることはないためとしている。


8.建設共同企業体の代表者ではない構成員から建設工事の下請けをした場合について、建設共同企業体及び各構成員の下請工事請負代金支払義務が肯定された事例

韓国法人2社及び日本法人からなる建設共同企業体(ジョイントベンチャー)が請け負った建設工事の一部を下請けした原告が建設共同企業体及びその構成員である韓国法人らに対し請負代金を請求した事案(原告への注文書及び従前の下請代金の支払等はこのうちの日本法人の名義で行われていた)
東京地裁は、請求を容認し、被告らの連帯責任を認めた。その理由として、@日本法人は建設共同企業体内部の合意により与えられた権限により請負契約を締結したものと認められ注文者は建設共同企業体であると言えることA建設共同企業体は民法上の組合の性質を有しており、その債務は共同企業体の財産が引き当てとなるほか各構成員も民法の組合に関する規定によりその固有の財産をもって弁済すべき責任を負うべきことB構成員が会社員であれば構成員らは商法上の特側により全債務につき連帯責任を負うべきことを挙げている。


9.契約当事者でない金融機関その他第三者の顧客に対する説明義務(最高裁平成15.11.7)

金融機関従業員が顧客に対し融資を受けて宅地を購入するよう勧誘する際、同従業員が顧客に当該宅地を購入するよう勧誘する際、当該宅地を購入した顧客に対する金融機関の不法行為を構成するとは言えない。


10.消費者契約法による無効条件に基づく受講契約の無効(東京地裁平成15.11.10)

進学塾の受講契約の中途解約を制限し受講料等の変換を認めない特約は、消費者の権利を制限しており且つ多数の申込者がおり講義の準備等に重大な影響を及ぼすものではなく一方的な没収に合理性を有しないので、消費者契約法10条によって無効である。


11.金融商品販売における証券会社の説明義務(最高裁15.4.9判決)

社債の発行主体の会社が倒産した結果損害を蒙ったものが原告となって、これを販売した証券会社に対して、金融商品販売法の説明を受けていないとして損害賠償を請求した。裁判所は、同証券会社が原告に対して、特に社債についての個別具体的な説明をしておらず且つ元本欠損の説明内容を理解したかどうかの確認をしていないとして、説明義務違反を認定して同法5条基づく損害賠償責任を認めた。


12.銀行の印影平面照合のみに基づく払戻免責の否定

盗取された預金通帳と偽造印が用いられて払戻が行われた場合、銀行は漠然と肉眼で届出印との平面照合を行なうのみではなく、相当な注意を傾注して印影の相違を観察することを要し、その相違が朱肉の種類や付け具合違い等の違いで同一印鑑によることを否定できない場合であっても、払戻事務担当者は、印鑑を押捺し直したり写真つきの公的証明書の提示を求めたり暗証番号告知等の確度高い本人確認の措置を取るべき注意義務を負っている。本件に於いて、裁判所は、被害届の出ていない盗難直近の早期開店直後に取引支店外で且つカードを用いないという典型的な無権限者による払戻パターンであったにもかかわらず、上記の本人確認義務を怠り払戻をしたものであるから債権の準占有者に対する弁済とはならず銀行の払戻は無効であると判断した。


13.20年間の時効取得後に登記を具備しない間に登場した第三者に対し時効の起算点をその後にずらして10年経過した後、更に時効取得を主張することの禁止(最高裁平成15年10.31判決)

原告は、昭和37年から20年間A所有の土地を占有して所有権を時効取得したが、時効を援用せず登記も経ないうちに被告がAから抵当権の設定を受け登記した。その後、原告は時効取得を原因とする移転登記を了した。さらに、原告は、抵当権設定登記の日から更に10年間占有を継続したとして再度の時効取得が完成したとしてこれを援用し、抵当権設定登記の抹消登記を求めたところ、裁判所は、原告は時効援用により占有開始時の昭和37年に遡って確定的に本件土地を原始取得したのであるから、このような場合にまで時効の起算点を後の時点にずらしたうえで再度の取得時効の完成援用を主張することはできないとして、原告の請求を棄却した。


14.建築士の一般顧客その他第三者に対する厳格な配慮義務〈最高裁平成15.11.14判決)

建築士が建築確認申請に際して申請用紙に工事監理者としての記載をした場合、仮に名板貸しで建築主との間で工事監理契約を締結しなくても、建築主に工事監理者の変更届を出させる等の措置を執らない限り、建築基準法上の厳格な設計監理実施の趣旨からして、建築士は広く第三者に対して建物の瑕疵が生じないように配慮すべき一般的注意義務を負うべきである。建築士はこの配慮を欠いた結果生じた瑕疵の存在を知らずに買い受けた第三者に対して不法行為に基づく損害賠償義務を負う。
本件は、専門家の第三者に対する厳格な一般的注意義務に関して、裁判所の近時の傾向を示す重要判例である。


15.現金自動支払機による払戻に関しては、銀行約款上の明示がない限り免責は否定されるとした事例〈最高 裁平成15.4.8)

銀行は、多発する通帳カードの盗難による無権限者に対する払戻に関して、預金権利者からの再度の支払請求から免責されるためには、善意無過失でなければならないが、機械等を通じた支払に関しては安全体制の完備に落度がないことが必要である。銀行は、原則として、盗難通帳等によって無権限者に対して機械払をしたとしても、安全管理システム上可能な限りで無権限者による払戻を排除する措置を尽くしていれば免責されるが、その管理業務の程度は通帳カードの磁気のゼロ化等従前の基準に止まらず、さらに加えて約款上において通帳機械払と免責について預金者に告知しておかない限り免責されないと安全管理基準を厳格にした。
本件は、今後の電子資金移動(EFT)による決済等との関係において重要性を増すものと考えられる。


16.建設予定店舗の賃貸借契約の具体性と債権不履行の成否〈東京地裁15.9.26)

建設予定店舗の賃貸借予約は、予約契約前の詳細な検討及び賃貸借契約の重要要素の決定・予約証拠金交付等がない場合、原則として事後の契約内容変更が予定されているものと理解される。しかし、予約による賃金借の内容の詳細が明確に定められる等して事後の変更が予定されていない場合、予約契約締結後の特別事情が認められない限り当然にその内容を変更することは許されない。従って、特別事情等がない限り、建物所有者が予約契約に反して予約権利者以外の第三者に対して店舗を二重に賃貸すれば債務不履行責任を問われることになる。