判例紹介
不法行為
1.弁護士の民事訴訟における準備書面の記載及び陳述が相手方への名誉毀損にあたるとして損害賠 償請求が容認された事例(水戸地裁平成13.9.26)
水戸地方裁判所は、共同墓地の墓石の帰属につき長年対立関係にあった親族間での訴訟中、弁護士が仮処分申請書・訴状・準備書面において相手方を「狂人である」と記載した点に関し、相手方が石塔を深夜実力で自宅に運んだ行為を通常人の所業ではないとの指摘する意図はあったもののかかる表現の訴訟上の必要性はなく、記載につき相応の根拠もないことを理由に不法行為責任を認めた。
本件のような事案は懲戒事件とともに近年増加傾向にあり、弁護士の使命と弁護士倫理の確立が叫ばれる。
2.裁判所の誤った評価による不動産競売において買受人国家賠償請求を否定した事例
競売により建物所有権及び敷地権を買い受けた原告が、執行裁判所が競売対象外の敷地の一部を含めた誤った評価に基づいて不動産最低売却価格を決定したため、その分の代金の過払いを生じた。そのため過払を余儀なくされたとして国家賠償請求したが、東京地裁は買受人の国家賠償請求を棄却した。
裁判所は、執行裁判所自らその処分を是正すべき特別の事情がある場合を除き、権利者が民事執行法上の救済手続きを怠ったために損害が発生しても国家賠償請求できないとした最三判S57.2.23(民集36.2.154、判時1037-101)を引用し、買受人等が自らの意思で救済手続きをとらなかった場合は重過失により怠ったことになるので特別の事情はないと判示した。裁判所は形式的に買受人が救済を求めることができた可能性のみを強調指摘し、買受人の重過失を認定したが、これは救済の余地を否定するのに等しい不当な結果である。
3.匿名の名誉毀損に関し「被害者の特定性」を認め賠償金300万円の支払を命じた事例
月刊経済誌を発行販売する被告は平成12年12月号に「投資顧問会社を経営する稀代の詐欺師が供述し始めた奇怪な事件の舞台裏」なる記事を掲載し、その中に「高金利で庶民を食い物にするノンバンク」が上記詐欺師を使って自社株を高騰させるべく画策し片や反対に暴力団を使って上記詐欺師を脅迫した旨の記事があったため、原告は被告に謝罪広告と金1億円の損害賠償を求め東京地裁は謝罪広告の請求を棄却し金300万円の賠償請求を認容した。その理由として各種雑誌に頻繁に同種記事が掲載されており、本件記事の発行時点において一般に情報が広がり知られていたと推認されるので、その状況下で本件記事の読者はその内容自体から同記事が対象としているのは原告であると容易に想定できるとした。しかし、原告が現実に上記詐欺師と関わりがあったことを重視し謝罪広告の必要までは認めなかった。
4.日照通風被害によるマンション価格下落に関し売主仲介業者建築業者の行為を全体として1個の行 為として共同不法行為の成立を認めた事例
原告ら5名は平成9年頃被告売主及び被告販売代理との間で本件マンションを購入し居住していた。購入当初、南側土地は被告売主所有で平屋建て建物であったが、その後同土地被告建築会社に売却され取壊し後2階建て建物が建築され第3者に売却された。そのため本件マンションの日当りや風通しが購入の際の説明と異なり悪くなったので、原告らは売主・販売代理に対し、本件マンション南側土地は売主所有で平屋建て建物は借地関係であるのでマンションの居室に悪影響を及ぼすような原状以上の高い建物は建たない旨の虚偽の説明をして原告らを錯誤に陥れて本件マンションを購入させたとして、合計1億5000万円余の損害賠償を請求した。建築業者に対しても、本件マンションの南側敷地に2階建て建物を建築すれば本件マンション居室南側の日照・通風に重大な障害が生じる事を知りながら敢えて土地を購入し2階建て建物を建築したのであるから、共同不法行為責任があるとして同額の損害賠償を請求した。東京地裁は原告の請求をほぼ認容し金1億2000万円余の支払を命じた。その理由として売主・販売代理商として買主である原告らに対して重要事項を説明して虚偽説明をしてはならない説明義務を負っているところ、売主及び販売代理商はこれに違反して虚偽の説明をなしたものであるから、このことと因果関係をもつ損害に付き、共同不法行為に基づき或いは契約上の債務不履行に基づき、損害賠償義務を負い、建築業者は売主らがから本件南側の土地を購入して2階建て建物を建築した場合には原告らが各所有する本件マンション各居室南側の日照通風眺望等重大な障害が生じる事を容易に知ってこれを回避できたことが認められるところ、建築業者はこの注意義務に違反して同敷地を購入して2階建て建物を建築し原告らに損害を与えたものであるから、過失があるとした。また、日照等の減価要因を考慮して算出した新築建物価格と購入価格との差額を値下がり分の損害とし同金額利息をも損害とできるとし、さらに慰謝料として各金300万円、弁護士費用各金200万円余を損害とした。
5.経営危機にある取締役の第三者に対する責任(大阪地裁平成15.11.4)
破産の危機に瀕した証券会社の従業員が、証券会社がスタート取引の買主になる債権先物取引において、証券業協会で定めた取引ルールを遵守せず、ハイリスク商品を適正価格以上で顧客(本件では大手家具販売会社)に売却し取引を行っていたが、本件会社の代表取締役は違法取引を行わないよう指導監視する義務を怠り同違法取引を推進 又は放置したので、民法719条の共同不法行為または商法266条の3に基づく損害賠償責任を負うとされ、10億円余の請求が認容された。
6.未成年のいじめに関する親の責任(さいたま地裁平成15.6.27)
同級生5名から殴る蹴るの暴行を受けその後も継続して万引き買出し等の強要や恐喝を受けた原告が同級生の親らに対して、上記「いじめ」により生じた慰謝料・弁護士費用等の損害賠償を請求したところ、裁判所は、上記の同級生らには喫煙・ピアス着用・粗暴行動・不良グループ結成等の問題行動があり、上記の親らは弱者に対するいじめを十分に予見し得たにもかかわらず監督教育を怠った過失があるとしてこれを認容した。
7. 土地崩壊の危機による宅地造成工事の差止(横浜地裁平成15.10.28)
近隣住民(原告)が過去に斜面地崩壊事故があった地域に於いて宅地造成工事を行う開発業者(被告)に対し、地質の性状(軟弱・湧水蓄積等)及び地震・大雨時における軟弱地盤崩壊の危機増大等を根拠に生命身体財産の侵害のおそれが高いとして、宅地の造成禁止を請求したが、裁判所は被告が斜面を盛土によって補強し表面をコンクリートで覆う等の強化措置の外に湧水排水能力を高める排水設備を設置する等の対策を講じており、直ちに工事施工を中止するまでの斜面崩壊の蓋然性は認められないと判断した。本件は、不法行為に基づく差止請求に於いて、被告が損害発生の防止策を講じている場合、裁判所が差止の前提として被害発生の単なる可能性ではなくより高い可能性である蓋然性の証明を要するとしたものである。
8. 経営権争奪目的の違法新株発行(千葉地裁平成8.8.28)
被告会社の現代表であると同時に旧代表の保有株式を相続した妻(原告)が、代表取締役を解任された後、新代表取締役(被告)が取締役会を通じて会社経営の支配権を争奪する目的で同被告サイドの人間に年末年始という不自然な時期において2週間程度の僅かの期間で形式的には公募の目的で新株発行手続を登記完了まで全ての手続を完了した。裁判所は被告らに対し、このような不公正な新株発行は株主に対する不法行為であるとして、株式価格低下分に相当する損害を賠償するよう命じた。
9.高層ビル建築によるビル風発生と損害賠償責任(大阪平成15.10.28)
高層ビル建築を原因とする強いビル風によって付近住民が洗濯物を干せなくなり屋根瓦が飛ぶ等の環境悪化が生じ受忍限度を超える場合には不法行為が成立し、開発業者は付近住民に対して、不動産価値の下落分及び精神的苦痛に対する慰謝料を賠償する責任がある。