判例紹介


医療


1. 医師が適切な検査もせず誤診し適切な処置を行わない場合の過失による損害補償責任

患者は過去肺がん治療のため左肺切除の手術を受けその後通院した。10年以上経過の後患者の急性反応性タンパクの値が基準を超える高い水準を続け咳が酷くて治らなかったため数回受診したがその後も鎮痛消炎剤等の処方・胸部レントゲン検査を受けたのみであった。更にその後患者がだるさ及び息切れを訴えたことから被告医師は肺がん再発を擬診し胸部CT検査を実施したが、客観的には肺がんの再発は考えにくく炎症による変化のほうが考えやすい状況であり、他病院の医師が気管支内視鏡検査を行い採取した洗浄液からアスペルギルス菌を検出した。その後も被告医師は患者を直ちに入院させず、その結果患者は肺アスペルギルス症で死亡した。(死亡当時60歳男性)そこで、患者の遺族は、被告医師が呼吸器感染証の症状を呈していた患者に対して病原菌を特定するための検査を行わず、他の呼吸器専門医誤診を受けさせることもなく放置し、患者が肺アスペルギルス症をを発症していると判明した後も緊急入院の措置を怠り死亡させたとして、被告らに対して逸失利益等の賠償を求めた。さいたま地裁は原告の請求の一部金約5500万円の損害賠償(逸失利益2400万円、慰謝料2600万円、弁護士費用500万円)を認容した。


2.一般開業医の転医義務(最高裁平成15.11.11)判決

開業医一般は、患者を診療するのに必要な能力や施設を具備していないことが明らかになった時点で適切ないしより高度な医療を施すことができる適切な医療機関に転送すべき義務があるとして、原審を破棄したうえで再審理のため差し戻した。
本件では、小児科医が、通院治療中の患者が2日程度嘔吐発熱の後意識混濁を疑わせる症状を呈しており急性脳症等の病名は特定できないまでも重大かつ緊急性のある病気の可能性が高いことを認識できたはずであるので、適時に総合医療機関に転送すべき義務が認められるがこれを怠ったため、患者に重い脳障害を残したものである。仮に転医義務違反と脳障害の結果との間に因果関係を認められないとしても、重い脳障害を残さない相当程度の可能性を侵害された点が問題となり不法行為に基づく損害賠償請求の成否が決されることになる。(本件で、医師側は、原審段階において、@仮にYに転送義務があったとしても、Yの転送義務違反とXの後遺障害との間に因果関係を認めることは出来ないA急性脳症の予後が一般に重篤であり、統計上完全回復率が22.2パーセントであることなどに照らすと、早期転送によってXの後遺症を防止できたことについての相当程度の可能性があるということもできない、等と反論している)。
3.インプラント(植立)手術における患者の主訴等に対する配慮等の厳格な注意義務
(名古屋地裁平成15.7.11)


インプラント(植立)手術は歯槽骨を削りその箇所に支柱を人工的に埋め込みそれを土台として義歯を装着する手術であるが、下顎管に接近するため下顎管圧迫等による神経損傷・麻痺を招来する危険を内包しているので、歯科医は同手術に於ける骨溝作成に当り、下顎管を穿孔圧迫しないように慎重に切創を進めるべき義務がある。しかし、本件の医師は、麻酔注射の際に患者が激しい痛みを訴えたにもかかわらずこれを無視し、X線撮影等で原因を確認すべき義務を怠るという過失の結果、患者に神経麻痺・知覚麻痺の損害を負わせた。裁判所は、原告の訴えに対し、後遺症による遺失利益及び慰謝料等の損害賠償請求を求めた
4.医師の説明義務(横浜地裁平成15.9.19判決)

医師は、痣やシミの除去等のため審美的な観点からレーザーを用いて美容医療を実施する場合、他の医療に比べて緊急性と必要性が少なく且つ患者が結果の実現を強く希望しているから、治療の効果はもとより危険性及び副作用について十分に説明した上でより一層のインフォームド・コンセントを図るべき注意義務を負っているので、説明を欠けば診療契約が錯誤によって無効となるばかりか不法行為として損害賠償責任を問われる。本件は、美容医療に於いて、医師に課せられる、より厳格な注意義務を示す重要判例である。